昭和46年04月28日 朝の御理解



 御理解 第71節
 「ここには信心のけいこをしに来るのである。よくけいこをして帰れ。夜夜中、どういうことがないとも限らぬ。おかげはわがうちで受けよ。子供がある者や日傭取りは出て来るわけにゆかぬ。病人があったりすれば、捨てておいて参ってくることはできぬ。まめな時ここへ参って信心のけいこをしておけ。」

 今朝私御神前でこのことを頂いたのですけど、「端唄に米山というのがありますね、米山甚句というのが、の調子で柘植(つげ)の横櫛は伊達には刺さぬ○○さんのとめにさす、または男よけに刺すすと言った様な文句があったと思います。それを頂く。柘植の横櫛 は伊達には刺さぬと、お互い信心をさして頂いておって、信心を伊達にしよらんぞと。私はいうことごとなるのじゃないかとこう思う。髪を乱さないように、心を乱さないように信心しておるんだと。
 同時にまた、神様のおかげを受けなきゃならないから、言うなら何とかの魔除け、男除けというたようなわけじゃないですけど、様々な災難、難儀からも逃れさせて頂くためにも信心させて頂いとる。「ここへは信心の稽古をしにくるのである」だから、どういうところを焦点に信心の稽古をさせて頂いておるのかと。信心は伊達にしよらん、まあ伊達にしよるという人も少ないけれども、おかげを受けるから、おかげを受けるから信心をすると、それも強ち(あながち)間違いではないと思う。
 けれどもそのことを以て、私は信心の稽古が出来て行かにゃいかん。初めから誰だって教会に信心の稽古をさして下さいと参ってくる人は少ない。まあ按配(あんばい)見的に御参りして来るといういうこと。成程話を聞けば良か話を聞かせてもらう。またお願いさせて頂けば、「あ、成程神様のおかげじゃろうか」というように、成程そこに神様のおかげを感じれるように段々なって来る。だから初めから信心の稽古に通わせて下さいという人もごく稀でございましょう。
 最近ある方が毎日、自分の村のことを真剣にお取次頂かれる。その方は初めの間は、何様か拝みよられましたが、信心しよんなさいましたから、半信半疑で参って見えよったのが、金光様の信心が段々有難いことがわかってきて、家族中のことを願われるようになったら、家族中言わば子供達までがついて参るようになり、時々ではあるけれども、皆が信心になって行く。何かがあると、「お母さんお願いしてくれ」と言うて、お母さんにお願いしてもらうと言う様な信心。
 だからそういう子供たちやら、家族の者が、円満におかげを頂いて行くことで、子供の試験と言えばそのことを願われ、子供が就職すると言えばその就職のことを願うて行かれる。まあそれは実に行き届いて、信心はまだ永くないけれども、お繰合わせを頂かれる。そして、信心の稽古の具合というものが中々その楽しそうなな信心の稽古ぶりである。親先生、お届けしてしなければ何も出来ませんと言う事が実感して分ってこられる。又は御神意を頂いてからでないと、何一つ無駄なことになります。
 と言う様な事を体験していかれる。先日から息子さんが東京の方に就職して参られました。それでお布団屋にそのお布団を頼んであった。所が幾ら言うても催促しても、いついつには送り出さにゃならんというのに出来ない。これはもう神様にお願いしてなかったから、お取次ぎ願ってしてお届けさして頂こうと。と言うて前日にその事をお願いに見えられた。所がもう送り出さにゃという時になっても、その布団が出来ない。
 実を言うたら私は息子の、どの息子達らも外に就職で参ります時には、これは親の思いが、親の真心と思うて布団だけは新しゅう作って、しかもちっとは子供達には贅沢というのを作って持たせてやります。だから今度の子供だけに、家の有り合わせのものを送ってやるわけにもいきませんので、心にとがめますので、どうでもやはり注文して頼んでおった、注文しとった布団を持たせてやりたいとこう言う。
 ところがその日になりましても参りませんから、「もうしようはなか、お母さん家ので良いからそれを荷造りして下さい」というて荷造りしかかっておるところへ、丁度配達に来てもろうたとこういう話である。本当にお願いをして親の願いも叶う。子供も大変喜んで自分で荷造りして送り出させて頂いたと言う様に、もう家庭の万事万端の上において、そのようにお繰合わせを受けて行かれる。成程お取次ぎ頂くこと、頂かないことがこのように違うと言う様に、田圃を売り買いされる時でもやはりそう。
 その田圃に何を作るのかと言う事もそう。もうそれは実に、その何と言うか、行き届いた信心をさせて頂いて、神様のそういう間違いなき働きを、自分の身の上にも、家の上にも表して行っておられる。しばらくは御主人が何とかかんとか言うておられたけれども、この頃はお参りせんと、「ほら、お前は早う起きらにゃ」と言うて御主人が起こして下さるようになってきた。
 ところが最近はですね、今度はそれが村のことを一生懸命お取次頂いて、何々村というて何々村のことを自分の住んで居られる村のことを一生懸命に願われる。私は感心してしまった。何十年信心させて頂よるけれども、その自分の村のことなんかは、願う人はそうありはしません。それでもちょっとお取次頂いて、御初穂を包ませて頂いてね、願うて行かれる。もう、私の住んでいる村は、小さい村で、昔から小村根性と言うて、やはり小村には小村の良かところもあるけれども、人間が小さい。
 お互い足の取り合いの様な事をしたりしてから、まあ村のいろんな会合があると言えばそのことを願われる。先日の選挙の時なんか、熱心にいろいろ願うて、おかげを頂いて行かれます。それでこの頃からも、村の敬老会がありましたけれども、敬老会のことも真剣に願われる。もう今迄そうでなかった、敬老会だというて、皆に喜ばれるようなおかげを頂いた。もう年寄らも喜ばれるならば。それを奉仕さして頂く、婦人会も本当に楽しゅう敬老会が出来た。
 もう本当に村が一家のようにあったというから、その明くる日お礼のお届けがあっております。この頃からは婦人会で温泉行きか何かがありました、「村の誰だれさんが酔われます。いつもバスに乗って一人か二人がそういう人があります」と、「その一行の者が、やはり不愉快ですから、どうぞ怪我あやまちのないように、また酔う人どんが出らんように」というてその客のために御神米を頂かれていく。それがおかげで酔わなかったからというて、その人迄明くる日はお礼に連れて参っておられます。
 御神米を頂いて行って、乗る前に御神米を頂かして頂いて、御神米を。もうその信心が非常に楽しいものになってきておる そして自分のこと家のこと、そして村全体のことがお取次頂いて、お願いをして勿論その村のことを願うからには、それだけの修行もさせて頂きます。それだけの犠牲を勿論払わせて頂いての願いである。その様にして、その方の信心が成長していく、育っていく、そういうふうにしたていっとりますが、そういう順調という時ばかりではない。
 言うならば信心しておるのに、どうしてこのような事がと言う事も無いではなかった。その時にはちょっとぐらつかれたようで、ちょっと一月余りお参りがなかったことがあった。ところが、今迄子供達が何人もおられるのに、就職の度に、子供たちが遠足、旅行といえばお届けなさっておられての時には、もう何もなかった。けれども一月ばかり休んどる間に、第一就職しておる息子さんが。
 「僕はどうもあそこは嫌」ちゅうて帰ってきなさったが、暫く学校の試験の方が「お母さんやはりあなたが参って来れにゃこて、試験が悪かばい」と息子が言うから。と言うて、そう言う事があったりして、まだ僅かばかり三四年の信心でありなさいますけれども、中に暫く信心を止められた時があったけれども、そこにはうまく神様の参る時と参らない時の違いを感じる、感じ取らせて頂く程におかげを受けておられる。
 また熱心に毎日日参して見える。成程初めの間は半信半疑、初めの間は按配見でもあった。自分の拝みよる仏様と対照して考える時代もあった。けれども金光大神を通して天地の親神様の御信心というものがです、これはとても伊達や酔狂でする信心じゃないということがわかってきた。初めの間は村の人達がえらい皮肉を言うたり、何かなさった時代もあったけれども、もうこの頃ではそれを言われんようになった。まあ小さい節ではあるけれどもまあそれは乗り越えたり、失敗しながらもまあそこですね。
 四年余りになられます。もう丸四年になられましょう。こちらへ移って来てからでございますから、その間の信心に、先ず自分の主人こそ参って見えたけれども、子供達が皆参るようになり、親戚の方にもお話をして、時々参って見えるようになり、自分のことが家全体になり、家全体のことが今では部落全体のことを真剣に、しかも日々ならせて行かれる。もう本当に楽しかろうようですね。こちらから御届けをさせて頂ながら、段々そういった信心が成長して行くであろう。育って行くことであろう。
 皆さん一つお互いの信心をね、あなたはどうして信心をするかと、伊達や酔狂じゃしよらん、それこそ柘植の横櫛は伊達には刺さぬである。おかげを頂いてまず自分自身の心が穏やかに、自分自身の心が乱れない事の為に、信心をさせて頂いている。いわゆる本心の玉を研いて行くことのために日々の改まりが大事と心得さして、おかげを頂いて行きよればです、自分だけのことではない、赤の他人の誰彼のことまで、言わば村全体のことまで日々お取次頂いてお願いを頂いて行けれる程しに心が成長してきた。
 段々おかげを頂いて行けば、それこそ世界の真の平和も世界総氏子の身の上安全も、心からそのように育っていくであろう。そこに自分の頂いて行くおかげも、また大きうなって行く事実を体験さして行きながら信心を進めていく。いわゆる稽古をしていくのであります。どうでしょうか、お互いの信心の話を聞いて詳しくなる、けれども果たして信心の方は育って行ってるであろうか、詳しくなるのが育つのじゃない。実際身を以て行うて行くこと、また思わして頂くことがです。
 子供の考えから大人の考えに変わって行かなきゃならないし、子供の様な事しか出来なかったことが大人がさして頂く様な事が段々出来るようになっていかねばならん。信心はいわゆるおかげを頂くためにではない、勿論おかげは頂いて参りますけど、そのおかげが段々大きくなって行く事の為に、いよいよ自分の信心も大きく育っていかなければいけん。夜、夜中どう言う事がないとも限らん。おかげはわが家で受けよ。
 昨日朝の御理解を頂き終って、最後のお届けをさして頂いておる時でした。さっきから帰られたのか、途中じゃろうかと思うくらいに、北野の堤でございますと電話が掛かった、只今帰らせて頂いてすぐ電話しておられるわけです。丁度半年になりますかね、幹三郎が病院入院中でございました。三人目の赤ちゃんが生まれておられました。ええ息子さんでしたか、それが帰らせて頂いたら窒息死しとる、胸当てがこうやって、その胸当てがこう上さね上がっとる。
 風を引いとったげなけん、洟(はな)が出ておったけん洟がひっついておる。そのよだれ掛けがそれでもう真っ青になっておられたので、びっくりして病院に連れていかれた。ところがもうこれは息が切れてもう三時間くらいなる。これはもう難しかと言われてから、難しかちゅうて息が切れとりますから、もう連れて帰らにゃ出来んから、すぐ連れて帰って来ておるところで電話が掛かって参りました。おじいさんいわゆる堤さんから電話が掛かってくる、本人清さんから電話掛かってくる。
 まあ神様に一生懸命お願いして、お神酒を吹き掛けたり色々したけどもう難しい、それでまたとにかくお願いに行ってこようというてから、清さんがすぐここにお願いに出て見えられました。本当に夜夜中どう言う事が起こって来るや分らん。それで私はお取次ぎさせて頂いたら、私のお便所に白い鈴懸けの花が一輪さしてある。昨日の朝その前の日まではアヤメがさしてあった。それが取り替えられておる、それを頂きますから、はらっと思ったけど、電話頂き終わってからそう思った。
 これはいつもとかくお互いがここで信心の稽古をするならば、朝の御理解をとりわけ大事に頂いて行かにゃならんと同時、私自身の周辺に起きてくる、いろんな事柄というたようなものは本当にお互いが注意しとかなければいけないと、もうこれは必ずですね。ここの御主人が亡くなられる時には、私の控えに真白い白い花がさしてあった。白花といえば矢張り精進花といいますから。だからそういう白い花を入れたから人が死ぬのじゃなくて、天地と私との連なりというものは、そのように微妙だということ。
 白い花が入れてあったから死ぬのじゃないですよね、それを頂くのです。次に昨日そんなことも何もなく、私は堤さんとこの話をさして頂きましたね、御理解の中に。町議に立候補しとられますから、そのことについて私はいろいろお話しさせて頂いた。その中にね、死んだら良かたい、また買うたいということが出て来ましたでしょう。そのことを頂くのですよ、死んだなら良かたい、あれはここ辺の何か俗な言葉、もう仕方なか、また何かの時によく使う言葉です。死んだなら良かたい、また買おうたい。
 とにかく、も一辺助けて下さいと参って来とりますから、どうとも言いようが無かった。頂いとるお知らせを、こうと言う訳にもいけん。だから私は清さんの帰られる時に、今朝頂いた御理解、特にあんた方の家の御理解のことが大分お話に出とったが、その時のことをようともう一辺思い浮べながら、しかもしっかり元気な心で帰らんのちゅうて帰りましたら、またすぐ引き返してから、御礼に出て来とりました。
 先生言われたように、それこそ元気な気持ちでしゃんとしたばってん、ほんに今日家の御理解が出たが、その御理解の中のことをどうしても思い出さなかった。私はその時はもう裏に下がっておりましたが、先生が御理解を頂けと言われたが、もう一ぺんここで御理解を頂いて、はああ、ここにこういう御理解が出て来ておるのに気が付いて、「今御理解を頂きましたが死んだなら良かたい、また買うたいと言う事が出て参りましたが、今度のことは亡くなりましたけどまた新に。
 新なよい子を頂けと言う事でしょうか」と言うてから見えました。「帰った時には、もう先生、顔に白い布が覆せてあって」と言うてから悲しまれます。したけれどもね、その御理解を頂いとられる内にこういう間違いのない働きの中に、「あ、あったんだ、こうあったんだ」ということがわかってきて、御理解をまた三十分ここで聞いて頂いとられます。日頃の信心がこのように表れてくると思いましたね。
 とてもそげな段じゃないとこですよね、私が裏へ行っとるから、フッと裏さへ行きたいところでしょうけれども、二度目のお参りの時、今日の御理解のあそこんとこをもう一ぺんよう頂なさいと、聞いておったから、そこ聞かせて頂いとったら、そのように本当に神様が前から見透し、聞き透しのような御理解だったという。丁度高芝さんが一緒に参っとられましたが、その話をしておるところでしたから。
 高芝さんが、清さんに、親先生の便所にいって見て来てごらんとげな花が生けてあるかというて、見に行って白い花でしたからね。いよいよ神様の一分一里間違いのない働きの中に、子供がかわいそうなことをしましたけれども、間違いのない働きの中に、御国替えのおかげを頂いたんだというようなことが、いよいよはっきりわかってきた。そして半年前におかげを頂いて、日晴れの時にお礼に出て来た時に、家内とお婆ちゃんと本人とお礼に出て来た時に頂いた御理解がです。
 あちらの奥さんは照枝さんといいます、名前を照生とつけました。これはお母さんが照枝だから照の字じゃない、これはお母さんの信心がね、この子によって育てられる、この子によって分からせてもらう意味で、照生という名前を頂いたんだという御理解であった。これはどうでも、お宅の照枝さん自身が今は悲しみのどん底にあるから言うてもわからんが、今度御礼参りしてきた時には、私からも言おうが、あんたからも夫婦で話し合わにゃいけないこと。これはどうしても改まらねばいけないこと。
 それは神様に指摘されて、ここはあんたがいっちょ改まんと堤の家のために大変なことと言う様な、まいろんな事情があるんです。そして改まって信心させて頂くと言う様なふうでしたが、この子によって、そういう信心が育てられなければ、今までのような状態で次のよい子を授かったところで同じこと。こういう尊い犠牲を払はして頂いたおかげでです、親達がこのように改まることが出来た。
 このように信心に入らせて頂くことが出来たと言う事になる時に、死んだら良かたい、また買うたいというおかげになって来るのだ。ここでやはり信心の稽古を本気でしておらなければ、そういう間違いのない神様の働きを頂いておっても、只悲しいばかりと言う事になるのでしょうけれども。こういう間違いのない働きの中にこう言う事が」起こっておるんだと分った時に、それが親として悲しいことはないけれど、そういう悲しい中にもこのような間違いのない神様の御神護。
 御神愛の中におかげを頂いたんだと言う事が分らせて頂いて、心がもう帰られる時には非常に安らいで帰られました。いやそう言うと如何にもオーバーなようですが、本当に喜び一杯のようで帰られました。御礼も言うて「もう先生、今度の子が一番美しかった」ちゅうてから、男泣きに泣かれますけどね、それはそうですよね。けど人間がね、死ぬ生きるは勿論ですけど、いつ夜夜中にどの様な事が起こって来んとも限らんというのであります。だから日頃の信心の稽古をさして頂き。
 その時にはちょっと取り乱すようなことがありましても、二へん参り、三べん参りしておる時にゃ、その悲しいことが御礼の言葉に変わって帰るように心が穏やかになって、信心のおかげとは、私はそれだ。伊達や酔狂じゃない、いつどのような場合であっても取り乱さんで済む程しのおかげ、いやその苦しいこと悲しいことに対してでも、心から御礼を申さねばおられん程しのおかげを、その周辺に感じ取らせて行けれる信心、達者な時にここへ参って信心の稽古をしておけ。ただ困った時だけ参る。
 難儀な時だから参るというのではなくて、何もない時、平穏無事の時に、しっかりお参りさせて頂いて、おかげを頂いて行け。そして帰りかけに御礼を言うて帰られましたが、「本当に親先生神様の、間違いのない中に、こうあったということがわかります。昨日ならば、それは当選祝いで、それは家でてんやわんやでございました。その前の日であるなら、さあ上るじゃろうか落ちるじゃろうかで、それこそ選挙で大変の時でございましたが、それもすむ。
 おかげで無事当選おかげを頂いて、御礼もすんで、そして今日この悲しいことに出会いましたけど、間違いのない神様の働きの中にあって、どういう間違いのない働きがあるかというと、いよいよこの子が生まれた時にです、御理解頂いたように、特にこれは家内だけじゃない、私ども夫婦が一段と改まった信心にならして頂く事のために、この子供を神様は犠牲にしてまでもおかげを下さったんだ。
 またおかげを頂けば、死んだなら良かたいという、あきらめもつくし、いわゆるまた買おたい、また新たなよい子を頂かして頂けれるおかげを頂くために私どもが改まにゃいけん」という意味のことを。昨日はもう裏でございましたから、高芝さん夫婦と、その清さんと、丁度最近赤ちゃんが出来られた方と行き合わせておられます。だから本当にもうその話を聞いてね。
 家の嫁にもそのことを本当に不注意のないようにと言うてからと、その方と五人でお話をしばらくさしてもろうて、御自分も落ち着いて、取り戻されて、それこそ帰りには御礼を言って帰られる程しにおかげを頂かれる。それによって子供の霊も、御霊も助かることだろう。犬死ににならないことになるわけです。初めにお話し致しました、初めは半信半疑、按配見、好奇心で参られたのが、段々信心の有難さがわかり、今まで自分が拝みよった何々様と言った様な意味の信心ではなくて。
 金光様の御信心は本当に金光様を通して天地の親神様の御信心をわからせてもろうて、道理がわかれば、人間として当然誰でもが、実を言うたら天地の親神様の御信心は持たせてもらわねばならないという程しの信心である事が分って来た。子供達の上の事にも、家族中の事もおかげを頂いて行かれる様にならして行かれたら、最近では村全体のことを祈る、願われてしかもお取次をして願われて、この様にはっきりとおかげの頂かれるという、いわゆる信心の稽古の楽しみといったものの話を致しましたが。
 健康な時、信心の稽古をさして頂くと言う事は、ただ稽古のそこにはね、何と申しますか、実益と申しますか、まあある意味においてまあ言うなら金光様の御信心は丁度若い方達が腕時計をはめているようなものじゃなかろうか。一つはやはり体裁もある。同時にこれが狂ってさえない時計であるならば、言わばそういう意味での後、実用的なものとして時計がはめられたように、金光様の御信心はそう言う様なおかげが受けられる、またそういう内容を持った信心だと思います。
 それに金光様にお参りしよると言えば、何か恥ずかしい所に参りよるような気持ちじゃいけん。本当に金光様の信心がこの様に大きな、素晴らしい人間、生きとし生けるものが日々神恩奉謝の生活をさせて頂く、その道すがらをです、教えによって分らせて頂く程しの信心ですから、若い人が腕時計をはめているように、それこそ「柘植の横櫛伊達にはささぬ」と言うけれどもです、ある意味合いにおいては、私は堂々と胸を張って金光様の御信心を頂いとりますと言う事が言えれる信心、それも伊達だけじゃない。
 そういうおかげを体験させて頂きながら、信心の稽古をさせて頂けれる信心、稽古が出来れば出来る程、信心の実体に伴うおかげと言うものが頂けれるというのが信心。そこに稽古の焦点と申しましょうか、信心の稽古とさして頂いて喜びが伴わない。おかげが伴わないとするならば、それはおかしいことです。金光様の御信心の稽古が本気でなされるなら、必ずそこにはそれに引き替えのように喜びが頂けるもの。
 同時に生き生きとした神様の働きを、おかげを受けていくことが出来る。そうしながら信心の稽古をさして頂くという。何のためにお参りしよんなはるかと。何のために信心しよんなさるかと。それはおかげを頂くからでもありましょう、けれどもそれではいけん。やはり信心の稽古に通っておる。稽古に通うて行きよればおかげはこのように頂けるというおかげになって来ねばいけんと思う。
   どうぞ。